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松峰山信仰遺跡群 ≪市指定史跡≫

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松峰山(まつみねさん)信仰遺跡群
市指定史跡

所在地 大館市松峰字大山10(奥宮)、大館市松峰字仁王田141-5(里宮)。平成21年5月1日指定。

 松峰山には松峯神社(神社名は峯)を中心に古代・中世に縁起を持つ密教遺跡が分布する。松峰山は松峰不動尊にちなんだ名称であり、地図ではその真ん中にある山の名をとって大山(標高375.7㍍)としている。この地から平安期のものとされる三鈷鐃(さんこにょう 東京国立博物館蔵)が出土した。
 登山道入口から神社本殿までには湯殿山、庚申、オコ石、オバ石など信仰遺跡が多数見られる。参道には古い杉の木が並び、頂上付近には修験の修行場の跡がある。
 「出羽秋田郡比内庄松峯山縁起」によれば、弘仁8年(817)弘法大師の開基という伝説を持ち、本堂本尊は不動明王(不動尊)であったという。松峰山信仰に関する信頼のおける最古の史料は、「比内庄 御代官所御知行方」である。そこには、慶長6年(1601)杉沢喜介が秋田実季から管理を任され伝授(寿)院の経費として36石4斗が支給されていたことが見える。このことから、修験伝寿院がこの時期に不動尊を祀っていたことが知られる。浅利氏の時代には少なくとも存在していたと考えられる。
 江戸時代には、松峯不動堂の別当伝寿院が大館城代佐竹氏から9石2人扶持(給与)を受けた(『郷村史略』など)。菅江真澄が享和3年(1803)6月18日に訪れ、伝寿院に1泊(「にえのしがらみ」)。真澄の長文にわたる紀行文は、この山の信仰をたどる上で貴重である。「秋をまつみねの木ずゑの涼しきはふもとに蝉の声ぞしぐるヽ」「いや髙くしげるむら松峯のこゑ千代ふき伝ふ寿きの寺」などの和歌を詠んでいる。
 また、松峰山は名勝地であり、江戸時代には大館八景の「松峰暮雪」として知られた。秋田藩33札所の32番霊場でもあった。
 現在の御堂(松峰不動尊御堂)は慶応3年(1867)に建立された。材木は松峰山中から伐採し、近在の人々の寄進によって再建が進められた。その後新政府の神仏分離政策によって、本尊不動尊が廃されて神社に改められ(以上「諸色書留帳」)、松峯神社と称することとなった。神社の祭神は月夜見大神、天照大神などである。

Mt. Matsumine Religious Ruins
This site was designated a historic site of Odate city on May 1st, 2009.

Centered around Mitsumine Shrine, there are several ancient and medieval esoteric Buddhist ruins. Many religious ruins are seen on Mt. Mitsumine ( Oyama, elevation 375,7m ). There are big cedars along the approaching road. It is said that this shrine was built in 817, and its idol was Fudomyouou. The shogunate who was managing the Matsumine Imperial Palace in the Edo period was supported by Lord Satake from Odate castle. The present shrine was built in 1867. During the Meiji period, Shintoism and Buddhism were formally separated and Fudomyouou was eliminated. As a result, the name became Matsumine Shrine. The enshrined deities are Tsukuyomi and Amaterasu.

松峰山信仰遗迹
市认定古迹
 2009年5月1日认定

以松峰神社为中心,分布着源自古代及中世纪的密教遗迹。松峰山(大山海拔375.7m)上可见诸多信仰遗迹,参道上排列生长有巨型杉树。相传于817年由弘法大师创建,神社内的正尊为不动明王。江户时代时,松峰不动堂的别当传寿院一直受到大馆城佐竹氏的扶持(资助)。现在的御堂建于1867年,当时根据明治政府的神佛分离政策,改为了松峰神社。神社内供奉有夜见大神、天照大神等。

松峰山信仰遺跡
市認定古蹟
 2009年5月1日認定

以鬆峰神社為中心,分佈著源自古代及中世紀的密教遺跡。松峰山(大山海拔375.7m)上可見諸多信仰遺跡,參道上排列生長有巨型杉樹。相傳於817年由弘法大師創建,神社內的正尊為不動明王。江戶時代時,松峰不動堂的別當傳壽院一直受到大館城佐竹氏的扶持(資助)。現在的御堂建於1867年,當時根據明治政府的神佛分離政策,改為了松峰神社。神社內供奉有夜見大神、天照大神等。

ซากอนุสรณ์สถานศักดิ์สิทธิ์แห่งเขามัตสึมิเนะ
ซากโบราณทางประวัติศาสตร์ที่กำหนดโดยเทศบาลเมือง
กำหนดเมื่อวันที่ 1 พฤษภาคม 2009

ซากประวัติศาสตร์ของโบราณสถานที่ได้รับอิทธิพลจากพุทธศาสนาแบบวัชรยานซึ่งมีจุดกำเนิดในยุคเก่า・ยุคกลางโดยมีศูนย์กลางอยู่ที่ศาลเจ้ามัตสึมิเนะ ภูเขามัตสึมิเนะ (ภูเขาสูงจากระดับน้ำทะเล 375.5 เมตร) สามารถมองเห็นซากอนุสรณ์สถานศักดิ์สิทธิ์หลากหลาย และยังมีต้นสนใหญ่เรียงรายตามทางเดิน ปี 817 มีตำนานกล่าวขานว่าท่านโกโบไดชิได้สร้างวัดขึ้น พระพุทธรูปนั้นคือพระอจละ ในสมัยเอโดะ ผู้ดูแลอุโบสถประดิษฐานพระอจละที่มัตสึมิเนะแห่งนี้ได้รับความช่วยเหลือ (เงินเดือน)จากตระกูลซาตาเกะแห่งปราสาทโอดาเตะ อุโบสถในปัจจุบันได้ก่อตั้งขึ้นเมื่อปี 1867 และจากนโยบายการแยกวัดพุทธและศาลเจ้าชินโตออกจากกันในยุครัฐบาลเมจิจึงได้ถูกขนานนามว่าศาลเจ้ามัตสึเนะ เทพบูชาคือเทพทสึคุโยมิและเทพอามาเทราสึ เป็นต้น

마츠미네산의 신앙 유적군
시지정 사적
2009년5월1일 지정

마츠미네 신사를 중심으로 고대와 중세에 유래를 둔 밀교 유적이 분포한 사적지입니다. 마츠미네산 (지도에서는 대산으로 표시, 해발 375.7 m) 에는 신앙 유적지를 다수 볼 수 있으며, 참배를 가는 길에는 삼나무의 거목들이 나란히 서 있습니다. 817년, 코보 대사가 사찰을 설립하였다는 전설이 있으며, 본존은 부동명왕입니다. 에도시대에는, 마츠미네 부동당의 별당전수원이 오다테 죠다이인 사카테로 부터 도움 (급여) 을 받았습니다. 현재의 불당은 1867년에 건립한 것 이며, 메이지 정부의 신불분리 정책에 의해 마츠미네 신사로 불려지게 되었습니다. 제신은 츠쿠요미오카미, 아마테라스오카미 등이 있습니다.

松峰山信仰遺跡群 ≪市指定史跡≫

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